世界各地で戦火が上がる中で発信された力強いメッセージだ。核なき世界へ。平和な世界を。被爆者の思いを受け止め、声を大にして訴え続けることが、唯一の戦争被爆国である日本の責務だ。

 日本原水爆被害者団体協議会(被団協)へのノーベル平和賞の授賞式が10日、ノルウェーの首都オスロで行われ、代表委員の田中煕巳(てるみ)さんが演説した。

 13歳の時に長崎で被爆した田中さんは、目にした被爆地の惨状を振り返り、「人間の死とはとても言えないありさまだった。戦争といえどもこんな殺し方、傷つけ方をしてはいけないと、強く感じた」と語った。

 今も1万2千発の核弾頭が存在していると指弾し、「核のタブーが壊されようとしていることに限りない悔しさと憤りを覚える」と強調した。

 「核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張ろう」と呼びかけ、演説を終えた。

 つらい被爆の経験を乗り越えて核廃絶運動に取り組んできた田中さんの訴えは、多くの人々の心を打つものだった。

 被団協は1956年8月の結成以来、「ふたたび被爆者をつくるな」を合言葉に核兵器の廃絶を国内外に訴えてきた。

 被爆の実相を伝える証言活動に力を入れ、多くの被爆者が国連など国際舞台で演説を重ねた。

 原爆の後遺症や世間の偏見などに苦しみながらも世界の平和のために力を尽くした先人の努力に思いをはせ、ノーベル平和賞の重みをかみしめたい。

 しかし、世界では核の脅威が高まっているのが現実だ。

 ウクライナやパレスチナ自治区ガザなどで上がった戦火はやむ気配がなく、今も多くの人々の命が失われている。

 ロシアのプーチン大統領は、核による威嚇を繰り返している。

 ロシアと米国の対立などで核兵器削減の交渉は停滞し、核軍拡競争は加速する懸念さえある。

 だからこそ目指したいのは、今回の被団協のノーベル平和賞受賞を、世界を核廃絶に向かわせる契機とすることだ。

 日本政府の役割は大きい。核なき世界に向けて国際社会の議論をけん引することは、被爆国としての使命といえる。

 73カ国・地域が批准している核兵器禁止条約への批准、条約締約国会議へのオブザーバー参加を前向きに検討すべきだ。

 田中さんは演説で、原爆で亡くなった人に対する補償をしてこなかった日本政府の姿勢を重ねて指摘し、批判した。

 被爆者の平均年齢は85歳を超えている。恐ろしい被爆体験を次の世代に伝承していかなければならない。核兵器は絶対に使ってはならない。その思いを私たち一人一人が改めて胸に刻みたい。