上告しない判断は当然だ。罪のない人の尊厳を傷つけ、捜査への国民の信頼を失墜させた責任は重い。経緯を検証し、徹底した再発防止策を講じるべきだ。

 機械製造会社「大川原化工機」(横浜市)の社長らが外為法違反罪で逮捕・起訴された冤罪(えんざい)事件を巡る訴訟で、警視庁(東京都)と東京地検(国)は、捜査と起訴を違法と認定した東京高裁判決について上告を断念した。

 都と国に対し、計約1億6600万円の賠償を命じた高裁判決が確定した。

 警視庁公安部と東京地検は2020年3~6月、同社の「噴霧乾燥装置」が生物兵器製造に転用可能と判断し、無許可輸出したとして社長ら3人を逮捕・起訴したが、地検は初公判直前の21年7月に起訴を取り消した。

 逮捕・起訴の違法性が認定された23年の一審判決の時点で、控訴を断念するべきではなかったか。

 高裁判決は警視庁公安部が、法令を所管する経済産業省に輸出規制の解釈で、問題点を指摘されても再考しなかったと新たに認めた。一審より厳しい判断だった。

 都と国は判決の重みを正面から受け止めてもらいたい。

 何が冤罪を招いたのか、問題点の検証が求められる。

 裁判では捜査員らが捜査を「捏造(ねつぞう)」などと批判した。捜査員が上司に追加捜査を訴えたが聞き入れられず、当初の見込みのまま逮捕に至ったという。組織の風通しの悪さを改めねばならない。

 警視庁には、うみを出そうと勇気ある証言をした捜査員らを不当に扱わぬよう求めたい。

 公安部は近年、今回のような経済安全保障分野の捜査も手がけるが、事件数が限られ、捜査経験を積みにくい。また、製品の技術仕様など高度な専門的知識が求められる。外部専門家による助言体制の構築も検討すべきだ。

 再発防止に向け、警視庁は副総監をトップとする検証チームを設置、検察は次長検事を責任者として最高検が検証に当たるという。

 外部を入れた第三者委員会の設置を求める声もあるが、警察、検察共に否定的だ。身内による調査でどこまで真実が明らかになるのか疑問だ。

 裁判所の対応にも課題が残った。度重なる保釈請求は「罪証隠滅の恐れ」などを理由に退けられた。「被告」の立場のまま亡くなった元顧問の遺族は、保釈のあり方に疑義を唱えている。

 最高裁によると、24年の保釈率は速報値で33・3%だが、否認の場合は27・4%にとどまる。否認して無罪を主張すれば身柄拘束が長引く「人質司法」の見直しを急がなければならない。

 捜査機関による不適正な取り調べやそれによる冤罪を防ぐには、取り調べの可視化もさらに進める必要がある。