具体的にどの行いが罪に問われたのか、不明なまま実刑判決が下されても容認できない。ようやく前向きな動きが見られた日本と中国の関係に、悪影響を及ぼすことは必至だ。

 日本政府は中国当局に対して、邦人男性の釈放と不透明な司法手続きの改善を、粘り強く求め続けてもらいたい。

 中国北京市の第2中級人民法院(地裁)は、アステラス製薬の日本人男性社員が「スパイ活動を行った」と認定し、懲役3年6月の実刑判決を言い渡した。

 男性は現地法人幹部を務めた60代のベテラン駐在員で、2023年3月、人事異動で日本に帰国する直前に北京市で拘束され、24年8月にスパイ罪で起訴された。

 看過できないのは、中国当局が男性を拘束や逮捕、起訴した時から一貫して具体的な内容を明らかにしていないことだ。

 公判を傍聴した金杉憲治駐中国大使は、中国の司法プロセスは「不透明だ」と非難した。

 日中関係筋によると、男性が情報機関の依頼で中国の国内情勢に関わる情報を提供し報酬を得たと裁判所が認定したというが、情報機関名などは不明だ。

 罪を認めた場合は量刑が減軽される事実上の司法取引を行っていたことも判明した。中国の有識者からも自白の強要につながる可能性が指摘されている。

 習近平指導部が反スパイ法を施行した14年以降、日本人を含む外国人の拘束、逮捕が相次ぎ、起訴、公判などの全過程が秘密裏に進められている。とても法治国家とはいえず、国際社会から批判を受けるのも当然だ。

 在中国日本大使館によると、反スパイ法施行以降、邦人17人が拘束され、現時点で5人が中国国内にとどめられている。今年5月には、別の邦人男性が上海市で懲役12年の判決を言い渡された。

 こうした人たちが一日も早く解放されるよう、日本政府は外交努力を続けることが肝要だ。

 東京電力福島第1原発処理水の海洋放出に伴い全面停止していた日本産水産物の輸入再開など日中関係が好転してきただけに、今回の判決は残念だ。

 これまでスパイ罪などで有罪となった日本人は懲役3~15年の実刑判決で、懲役3年6月の量刑は軽いともいえる。対日配慮を示したとの見方もある。

 しかし、在留邦人らは「何をすると罪に問われるか分からない」と不安を抱え、安心してビジネスができない状況が続いている。

 ビジネスや留学などで居住する日本人の減少が続き、日本外務省の集計では、昨年10月時点の在留邦人は9万7538人と、20年ぶりに10万人を割った。

 両国の関係を安定化させ、日中友好を深めるためにも中国政府の善処を求めたい。