原子爆弾が人類史上初めて戦争で使われてからきょうで80年となる。熱線と爆風は、多くの命を奪い、町を破壊し、生き残った人の体と心を苦しめた。
世界では戦禍が絶えず、核兵器が使用される恐れはこれまでになく高まっている。被爆の実相に思いをはせ、核廃絶の誓いを新たにしたい。
広島市では1945年8月6日、米軍の爆撃機がウラン型原爆を投下した。約14万人がやけどや放射線による急性障害などで死亡したと推計されている。
長崎市の上空では同年8月9日、プルトニウム型原爆がさく裂した。直下の地表温度は3千~4千度に達し、推計で約7万4千人が亡くなった。
◆世界に1万2千発超
両市は「原爆の日」にそれぞれ100を超える国と地域の代表を招き式典を開く。核兵器が80年間使われなかったのは、被爆者や被爆地が長年廃絶運動を続けてきた成果ともいえよう。
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が昨年、ノーベル平和賞を受賞した。被爆者がつらい体験を思い出し、証言を重ねた活動が認められたものだ。
被爆者も高齢化が進む。原爆投下という悲惨な歴史を風化させないため、記憶の継承に取り組まなければならない。
被爆者らの懸命の努力にもかかわらず、地球上には依然として多くの核兵器が存在している。嘆かわしい限りである。
スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、今年1月時点でロシア、米国、中国、フランス、英国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の9カ国が、計1万2千発を超える核弾頭を保有する。
戦慄(せんりつ)を覚えるのは、複数の核保有国が実際に戦火を交えていることである。
イスラエルと米国は6月、イランの核施設を空爆した。トランプ米大統領は、米軍によるイラン攻撃がイスラエルとイランの「戦争を終結させた」とし、広島や長崎への原爆投下と「本質的に同じことだ」と述べた。
米国では原爆投下が第2次大戦を終わらせたとする意見が根強い。市民の命を奪った原爆投下を引き合いに、正当化したことは決して許されない。
米国は同盟国であるとはいえ、日本政府が厳重に抗議しなかったことは残念だった。
また、インドとパキスタンは5月、領有権を争うカシミール地方を巡り軍事衝突した。
ロシアによるウクライナ侵攻は3年半、イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘は2年近くに及んでいる。
ロシアのプーチン大統領が核の脅しを繰り返し、イスラエルの閣僚が核爆弾の使用に言及したことも忘れてはならない。
国内でも、核兵器を巡り物議を醸す発言や動きが相次ぐ。
7月の参院選で参政党の候補者は安全保障を巡り「核武装が最も安上がりで、最も安全を強化する策の一つ」と発言した。神谷宗幣代表も「米国の抑止力だけでいいのか、日本も何か考えないといけない」と述べた。
唯一の被爆国の公党であるにもかかわらず、核兵器の非人道性への理解が足りないと言わざるを得ない。
その後、自衛隊と米軍が昨年2月に実施した「台湾有事」想定の机上演習で、自衛隊が「核の脅し」によって中国に対抗するよう米軍に再三求めていたことが分かった。
◆対話で危機の軽減を
背景には、中国の軍備拡大がある。今年1月時点で保有する核弾頭は推計600発で、昨年から100発増加した。
中国が日本の安全保障を脅かしているのは間違いない。だが、対話を通じて危機の軽減を図る努力を続けるべきだ。
被団協などは日本政府に対し、核兵器禁止条約の締約国会議へのオブザーバー参加を求めているが、応じていない。戦後80年の節目である。石破茂首相には真摯(しんし)な対応を求めたい。
被団協代表委員の田中熙巳(てるみ)さんは「核が存在し続ける限り、今を生きる世代、若い人たちも『未来の核被害者の候補者』なのだ」と警鐘を鳴らしている。
核は80年前の歴史的事実ではなく、現在直面する問題であるとの訴えは重い。しっかりと受け止めなければならない。