なぜ凶行に走ったのか。戦後史に残る事件の動機解明が欠かせない。同時に、その背景になったとみられる社会のゆがみと向き合う機会にしなければならない。
2022年7月に奈良市で参院選の応援演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告の裁判員裁判が奈良地裁で始まった。
初公判の冒頭陳述で検察側は、被告が思い通りの人生を送れないのは世界平和統一家庭連合(旧統一教会)のせいだと考え、恨みを募らせたと指摘した。
山上被告は「内容について、事実です。私のしたことに間違いありません」と述べ、殺人罪の起訴内容を認めた。
事件が衆人環視の中で起き、被告も殺人罪を認めたため、公判の最大の争点は量刑だろう。
弁護側は、被告の母親が教団に総額1億円を献金し、「自身や家族の人生が翻弄(ほんろう)され教団への復讐(ふくしゅう)心を強めた」と主張し、成育環境は児童虐待に当たるとして情状酌量を求めた。
しかし検察は事件について「わが国の戦後史において前例を見ない重大な結果をもたらした」と述べ、不遇な生い立ちが刑を大きく軽くするものではないとした。
成育歴がどう勘案されるかが焦点で、丁寧な審理が欠かせない。
被告は、教団幹部の襲撃をなかなか果たせず、次に教団に親和的な姿勢を見せている政治家を襲撃することが自らの目的に沿うと考え、安倍氏を狙ったというが、「論理の飛躍」ともいえる。
動機をどのように説明するか被告人質問を注目したい。
暴力で社会を変えようとしたテロリストの言い分を聞くべきではないとの世論がある。一方で、親の高額献金に苦しむ人からは、被告の言葉に耳を傾けるべきだとの訴えも聞かれる。
裁判で心の闇を解明してほしい。この問題に社会全体で向き合うことが求められているからだ。
献金が高額で、自宅や資産が根こそぎ失われる実態が事件を機に注目され、社会に衝撃を与えた。信仰を押し付けられる「宗教2世」の人権問題も表面化した。
東京地裁は今年3月、200億円超の「類例のない膨大な被害」を認定し、教団の解散を命じる事態に発展した。
教団側は即時抗告し、東京高裁は本年度内にも解散命令の是非を判断する可能性がある。
旧統一教会に関係する献金被害は1980年代から長期にわたり続いてきた。社会の関心が希薄だったために被害が拡大したとの見方は否定できない。
その中で教団は、自民党を中心とした多くの議員との接点を築いていった。政治との関係がいまだ十分解明されていないことも忘れてはならない。













