1869年の新潟開港からまもなく、1隻の小型蒸気船が完成する。わが国初の鉄製蒸気船と伝えられる「新潟丸」だ。新潟港は水深が浅くて大型船は入れず、海が荒れると沖待ちもできない。そこで佐渡の夷港を補助港とし、新潟港と行き来するため導入されたのが新潟丸だった

▼運航は苦労が絶えなかったらしい。蒸気船の操船にたけた日本人はわずかで、外国人船長を破格の厚遇で雇い入れた。どうにか就航したものの、設備が破損し修繕が必要になった。なのに外国船の入港は少なく、維持費がかさんで民間に貸し出された

▼県政運営を船に例えて「新潟丸」と呼んだ花角英世さんが知事に再選された。本人の弁によると、初当選からの4年間、前知事の突然の辞任で漂流しようとしていた新潟丸のかじ取り役を担ってきた

▼いざ、かじを握ってみると「船底に穴が開いていた」。県財政が火の車だったことが明らかになった。財政立て直しに追われ、新型ウイルス禍の大波にも襲われた。1期目の航海は荒波にもまれ続けた

▼2期目は数々の課題に全速前進で挑めるだろうか。他地域に比べて新潟の活力が乏しくなったと指摘されて久しい。問題が噴出している東京電力柏崎刈羽原発の再稼働についても、任期中に何らかの判断を迫られるかもしれない

▼明治時代に実在した蒸気船と同様、現代の県政を取り巻く環境も非常に厳しい。荒れた海でも、目的地へと船を導けるかどうか。船長である花角さんの手腕が問われることになる。

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