小欄で先ごろ紹介した「戦争を知らない子供たち」の作詞者、北山修さんは精神科医でもある。専門分野を生かした著作も多い。きたやまおさむの名で出版した「『むなしさ』の味わい方」はその一つだ
▼むなしさというと悪いイメージがあるが「それをかみしめ、味わうことで人生により深みが出てくることもある」と説く。60年近く生きてくると、そんな気がしないでもない
▼本には鴨居(かもい)玲(れい)という画家の「しゃべる」という絵が載っている。顔色の悪い男の口から、何かが次々に飛び出している。目を凝らすと、蛾だ。奇抜な発想に目を奪われた。「しゃべることの空(むな)しさを描いた」という
▼鴨居は1928年生まれ、金沢市の学校で絵を学んだ。欧州や南米を渡り歩き、神戸市にアトリエを構えた。老人や道化師を題材に自身の苦悩を表現し、40年前、85年9月7日に57歳で亡くなった
▼画廊の経営者によると、鴨居は俳優の三船敏郎にどこか似ていて魅力があった。長年親交のあった小説家、司馬遼太郎は「天才というのはこういう人のことをいうのだ」と絶賛している
▼いつか実物を見たいと思っていたら、新潟市中央区のT&Fギャラリーで没後40年展が開かれ、オーナーが集めた17点が展示されていた。蛾の絵はなかったが、額縁の中の暗く重い世界に引き込まれた。SNSをのぞけば、他人よりも目立とうと、派手な言葉があふれかえっている時代。しゃべるのは空しいと断じた画家が生きていたら、どんな絵を描いただろう。
