関西出張の帰り、奈良県斑鳩町の中宮寺に立ち寄った。本堂の前には新潟市出身の書家、歌人である會津八一の歌碑が立つ。〈みほとけの あごとひぢとに あまでらの あさのひかりの ともしきろかも〉

▼国宝のご本尊、菩薩半跏(ぼさつはんか)像を詠んだものだ。朝の柔らかな光が仏像を包む。この歌などが縁となり、2010年には長岡市の県立近代美術館で「奈良の古寺と仏像」展が開かれた。12年ぶりに拝観する半跏像のほほ笑みは相変わらず神秘的だった

▼この像と八一の歌に魅了された「ルポライター探偵」がいる。人気作家、内田康夫さんによるミステリー小説の主役、浅見光彦だ。シリーズ作の一つ「風のなかの櫻香(さくらこ)」は、中宮寺がモデルの尼寺、尊宮寺が舞台となっている

▼寺で育った養女、櫻香が中学生になり、周辺で不審な事件が起きる。相談を受けた浅見が彼女の出生の謎に迫るという設定だ。執筆には中宮寺が全面協力したそうで、関係者が実名で登場するのも面白い

▼不信心者を自認する浅見だが、半跏像には深い愛着を覚える。唐招提寺や奈良坂の夕日地蔵についての八一の歌も引用され、物語は進む。浅見は思う。「どうすれば、このような美しい歌を詠むことができるのだろう」。作者が八一のファンだったことを感じさせる描写だ

▼八一の歌は、別の浅見作品「平城山(ならやま)を越えた女」にも登場する。ウイルス禍が収まって、ゆったり旅ができるようになったら、シリーズの文庫本片手に「八一の奈良」を巡ってみたい。

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