新潟市在住の英語講師アロソ・スティーブンソンさん(53)は母国フィリピンを離れて30年ほどになる。英語ができる人材を探していた同市の米菓会社に誘われ、大学の教授を辞めて移住した

▼思い切った決断のようだが「日本に住んで挑戦したかったから」と、さらりと話す。新潟の女性と結婚して家庭を築き、新潟を第二の故郷と呼ぶ。人に恵まれた分、恩返ししたい。そんな思いが募って、新潟フィリピン協会の設立に動いた

▼県内在住フィリピン人や市民ら約170人が会員となり、19日に最初の総会を開く。県内には中国人、ベトナム人に次いで多い2500人余りが暮らす。協会はパスポートの更新が新潟でできるように名古屋にある総領事館と調整したり、トラブルなどの相談窓口になったりする役割を目指す

▼アロソさんには、さらなる夢がある。出身地のセブ市と新潟市を姉妹都市にし、直行便でつなぐことだ。セブは、日本から近い常夏のリゾート地として知られる。現地では雪を見たいという人も多いそうだ

▼セブ市長と旧知で、英語の仕事を通して多くの人脈を持つアロソさんの話を聞くと、決して夢物語ではない気がする。ウイルス禍が落ち着き始めた今は「まずは人の交流を活発にしたい」と思い描く

▼「古町のイベントに参加してフィリピン料理を食べてもらうことも一つ」。人手不足が深刻な介護業界で仕事をしたい人を受け入れる計画も進めている。南国の明るい笑顔が新潟を元気づけてくれそうで楽しみだ。

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