「棺桶(かんおけ)まで歩こう」。刺激的なタイトルに目を奪われ、一冊の本を手に取った。著者は在宅緩和ケア医の萬田緑平さん。2千人以上のみとりに携わった経験から、こう断言する。「人間というものは、歩いている限りは死にません」
▼本書には、重い病を抱えながら、命の火が消える直前まで自分の足で歩いていたケースがいくつも紹介されている。歩くことは生きること-。読み進めるにつれ、そんな思いを強くした
▼作家の島田雅彦さんは、歩いて考える「散歩哲学」を提唱する。同名の著書で「よく歩く者はよく考える。よく考える者は自由だ」と宣言した。歩行は根源的な移動手段であり、移動の自由は基本的人権の一つと言える。それゆえ、島田さんは歩行の大切さを説く。「たとえ、杖(つえ)や車椅子を使っても、移動の自由と権利だけは手放してはならない」
▼「歩み」という言葉は「歩くこと」だけでなく「物事の経過」や「歴史」という意味でも使う。人の場合なら「歩み」は「人生」や「日々」と言い換えられる。2025年、自分自身や社会の歩みは、どんな様子であっただろう。振り返ってみたくなる時節だ
▼わが1年の歩みは「ぼちぼち」だったか。けっこう「ふらふら」していたかもしれない。「よろよろ」「よれよれ」でもあったような。顧みれば反省ばかりだが、どうにか年の瀬にたどり着いた
▼初歩、譲歩、歩合、牛歩…。「歩」の字が付いた言葉は多い。多少は進歩することを願いつつ、新年も歩みを続けたい。
