温故知新を筆始めに。40年前の1986年、企業再建にらつ腕を振るい経団連会長などを歴任した土光敏夫が、国の行政改革を推進する役職から退いた。89歳だった
▼第2次臨時行政調査会の会長を務め、「行革の鬼」として国鉄の分割民営化などに道筋を付けていた。国の財政破綻を憂い、増税なしの再建を実現すべきだとする信念で、痛みを伴う改革の先頭に立った
▼古代ローマ帝国が、大衆へのおもねりによって崩壊した歴史を引き合いに「個人は質素に、社会は豊かに」と唱えて役割を果たした。自ら清貧の暮らしを貫き、粗食を象徴する「メザシの土光さん」と呼ばれた
▼当時はバブル崩壊前で時代背景が全く異なるものの、40年を経た現在の国の形をいかに評するだろう。国の新年度予算案は借金依存で財源論の見通しも甘いまま、過去最大に膨らんだ
▼土光が好んだ言葉に〈苟日新、日日新、又日新(まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり)〉がある。出典は中国の古典「大学」だ。「その日その日を精いっぱい生きる。昨日を悔やむことも、明日を思い煩うこともない」と解釈していたという
▼不意の災いに遭遇すると「日に新たに」の言葉が重く響く。まさかの元日に大地震が襲った2年前もそうだった。いつ何が起きるか分からない、だから一日一日を大切にする。新年を迎えるたびに思い起こしたい。今日だけ、今だけ、よければそれでよしと誤った解釈はするまい。国の財政運営も、もちろんのこと。
