幕末にパリ万博を視察した渋沢栄一が、現地で唯一覚えてきたフランス語があったという。「最も強い者の理屈は、常に最も正しい」。17世紀の文人ラ・フォンテーヌの寓話(ぐうわ)「オオカミと小羊」が伝える処世訓である。シビアなものの見方に実業家として影響を受けたのかもしれない

▼寓話では腹をすかせたオオカミが小羊に難癖をつけ続ける。道理も何もない。ああ言えばこう言うを繰り返した挙げ句、オオカミは小羊を食べてしまう

▼もちろんオオカミに「正しさ」などないが、結果として小羊が犠牲になりオオカミは腹を満たした。強い者には逆らえないという、救いのない現実の一端を示す

▼ここでオオカミを誰に重ねて書き出したか、お分かりだろう。世界最強の軍事力を誇る米国が法秩序を無視してベネズエラを武力攻撃し、反米のマドゥロ大統領を拘束した。民間人ら多数の死者も出た。どう決着するかまだ見通せない

▼力による支配は許されるものではない。トランプ米大統領に正当性はなく、石油権益への意欲を隠さないなど露悪的ですらある。ただ、マドゥロ氏の強権政治に虐げられ、国外脱出した800万人ものベネズエラ国民らから、歓喜の声が上がっているのも事実だ

▼「正しさ」を主観で見極めるのはそれほど簡単ではない。だからこそ、揺るぎない法に基づく秩序が尊重されなければならない。民主的な社会の実現には、時間も手間もかかる。遠い海外に限った話ではない。私たちの暮らしでも同じことだろう。

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