高校生の頃、竹の皮に包んだおむすびを学校に時折持って行った。同級生と違うレトロな雰囲気の弁当を内心、少し誇らしいと思っていた

▼佐渡の地元集落にはあちこちに竹林があり、竹の皮も取れた。春はタケノコ掘り、お盆は竹を細工して墓の花立てに、秋は稲を架けるはざにと身近だった。竹加工をなりわいとする家があり、ひごを作り、竹細工もこしらえていた

▼いま新潟市での暮らしを見渡してみても竹の製品はほとんどない。ざるも金属かプラスチックだ。竹の皮を手に入れる機会もあまりない。時代の流れでは仕方ないか

▼帰省した正月の朝、雪の積もった竹がしなって道をふさいでいた。近くの集落のおじさんが雪をふるい落とし、元に戻していた。繁殖力の強い竹は適度に管理しないとやぶになってしまう。ただ空き家が増えて、高齢化の進む田舎では手が回らない現実がある

▼やっかいな竹を活用するユニークな取り組みがある。例えば「美味(おい)しく食べて竹林整備」を合言葉にした「純国産メンマプロジェクト」。普通に思い浮かべるタケノコの大きさではなく、2メートルほどに伸びてもメンマに加工できる技術を広める。田上町など、全国で取り組む団体が増えてきた

▼竹やわらでやぐらを組んだどんど焼きも、まだ県内各地で催されている。竹の棒の先に餅やスルメをぶらさげ、あぶって味わうおいしさと懐かしさ。竹に目を向けることが増えれば、現状を考える機会になる。地域の資源を眠らせておくのはもったいない。