命日の3月1日に、父の乗っていた艦艇が沈んだとされる海に向かって手を合わせる吉田進さん=沖縄県宮古島市
 命日の3月1日に、父の乗っていた艦艇が沈んだとされる海に向かって手を合わせる吉田進さん=沖縄県宮古島市
 戦没者と遺骨
 沖縄県・宮古島沖で潜水調査を行った水中探検家の伊左治佳孝さん=3月
 米軍に撃沈された艦艇に乗っていた父の遺骨収容に関し取材に応じる吉田進さん=3月、沖縄県宮古島市

 太平洋戦争中、乗っていた艦船が撃沈されるなどして海に沈み、亡くなった人の遺骨収容が進んでいない。沖縄や硫黄島、海外に眠る「海没遺骨」は約30万柱。収容できたのは4681柱にとどまる。収容推進を国の「責務」とした法制定から10年たっても、民間任せの捜索が目立つ。高齢の遺族は「生きている間に何かが見つかれば」と望み、専門家は国の積極関与を求める。

 「国は一切、責任を取らない。これが戦争の現実だと多くの人に知ってほしい」。旧日本海軍艦艇「燕」の故吉田武雄艦長の息子進さん(84)=千葉市=は語る。燕が沈んでいるとされる沖縄県の宮古島を、命日の3月1日に訪れ、沖に手を合わせた。

 燕は機雷の設置などを目的と...

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