「被爆ピアノ」を知っているだろうか? 太平洋戦争中の1945年8月6日に広島市、9日に長崎市に原子爆弾が投下されてから76年になる。原爆は合わせて21万人以上の命を奪っただけでなく、放射能による健康被害や差別も生んだ。広島市の爆心から半径3キロほどの中で被害を受けた被爆ピアノは、原爆による悲劇と平和への祈りを独特の音色で伝え続けている。(長岡支社報道部・米岡修一郎)
ピアノの表面には、被爆した時の傷や、爆風で突き刺さったガラスの破片が残る。広島市の調律師で被爆2世の矢川光則さん(69)は、これまで6台の被爆ピアノを預かり、修理してきた。
ほとんどが製造から100年近くたち、木材の乾燥が進んでいるため、軽く乾いたような音色を奏でる。「レトロで、こくがある」。矢川さんは独特の音色をそう表現する。
矢川さんは、被爆ピアノと共に4トントラックで全国を巡り、各地でコンサートを開いている。昨夏公開の映画「おかあさんの被爆ピアノ」では主役のモデルとなった。
映画の監督・脚本を手掛けたのは、長岡市出身の五藤利弘さん(52)だ。2009年、テレビ番組の制作で矢川さんと出会い、10年がかりで映画化にこぎ着けた。
矢川さんと五藤さんは長岡市で先月25日、市民団体と共に被爆ピアノの演奏会と映画の上映会を催した。爆心地から2.6キロで被爆したアップライトピアノを、市民有志らが演奏した。
戦争のない世を祈るように、優しく、時に力強い旋律が会場に響いた。
◆全国で演奏会開催・矢川さん「自分にできる行動を」
長岡出身映画監督・五藤さん「感じる力大切にして」
原爆投下から76年、戦争を知らない世代には何ができるのか。戦後生まれの矢川さん、五藤さんは時に迷いながら、活動してきた。
矢川さんは広島市で生まれ育った。両親とも被爆者だったが、「若い頃は平和や原爆について、深く考えることはあまりなかった」と振り返る。
変わるきっかけは2001年8月6日、広島市内で自身が修理した被爆ピアノのコンサートを知人と一緒に企画したことだった。
ピアノが好きで調律師になった矢川さんにとって「大好きなピアノも原爆で傷ついていたと知り、悲しかった」。被爆ピアノに対する特別な思いが芽生えた。
公演は成功し、全国各地から依頼が来るようになった。「こういう平和活動なら、自分にもできる。感性に訴える被爆ピアノに、力を感じた」。以来20年、全国で2500回以上の公演を開催している。
「人それぞれに平和の伝え方はある。鶴を折ることでも、学校でけんかをしないことでもいい。必ず結果につながる」と、行動を起こすことの大切さを語る。
五藤さんは矢川さんと知り合った後、被爆ピアノをテーマに映画を作りたいと考えてはいた。しかし、「自分が平和をうたうなんておこがましい。テーマが重すぎる」と迷いがあった。
そんな中、16、17年に北朝鮮が相次いで弾道ミサイルを発射するなど国際情勢が悪化。「平和は当たり前ではない。戦争になったら怖い」と強く感じた。
太平洋戦争では、出身地の長岡市が空襲や模擬原爆投下の災禍に見舞われた。新潟市も原爆投下の候補地だった。それだけに「自分が伝えなければいけないと思った」。
映画「おかあさんの被爆ピアノ」には被爆ピアノの話だけでなく、ヒロインの成長や親子の葛藤(かっとう)も盛り込(こ)んだ。ヒロイン役はAKB48の武藤十夢(とむ)さん。五藤さんは、映画にはストーリーやキャストをはじめ、さまざまな入り口から興味を持ってもらえる力があると考える。
「映画を通して被爆ピアノの音色を感じてもらい、何かを心にとどめてもらいたい」と力を込めた。
◆県内で演奏会と上映会企画
県内では8月に、被爆ピアノの市民演奏会と映画の上映会が企画されている。このうち演奏会は、21日に燕市と三条市、22日に上越市で開催される。調律師の矢川光則さんも来場する。燕、三条会場では、ピアノの演奏者も募集している。新潟市西区で20日に開かれる演奏会は既に満席。他会場の空席の有無など詳細は県生協連、025(285)8916(平日昼)。
上映会は、7日に小千谷市民会館で開く。五藤利弘監督のトークもある。チケットは千円、当日200円増し。高校生以下なら当日券を500円で購入できる。詳細は「良い映画を見る小千谷市民の会」、0258(82)2378(平日昼)。