「空には村境も県境もない。鳥は自由に飛び越える」。国際保護鳥で特別天然記念物のトキ。その保護活動の先駆者だった佐渡市の佐藤春雄さんは生前よく口にした

▼1999年に中国からヨウヨウとヤンヤンのペアが佐渡にやってきた。2003年には日本産最後のキンが息絶える。佐藤さんは自宅の棚にこの鳥の位牌(いはい)を安置した。戒名は「金翔院日中交流橋梁大姉位」。国境を超える友好の架け橋に感謝の思いを込めた

▼「キンが長生きしたから、つがいが贈られた」。ケージ内ではなく、大空にトキを羽ばたかせる。それが中国への恩返しとも話していた。ヨウヨウとヤンヤンの2羽から、いまや約500羽が佐渡の空を飛ぶまでに増えた

▼環境省は今後の放鳥候補地に石川県と同県の能登半島地域の9市町、島根県出雲市を選定した。放鳥を望む自治体は多い。大切なのはトキがすめる田園環境を取り戻すことだろう。必ずしも放鳥に頼らずともトキが生息できるような野生復帰を進めたい

▼この夏、トキと並ぶ佐渡の金看板、金山についての知らせもあった。悲願である世界文化遺産の登録が推薦書の不備を理由に先送りされた。戦時中に金山で働いていた朝鮮半島出身者を巡り、韓国との認識の違いも背景にあるという

▼戦時の歴史認識問題は日韓同様、日中間にも残る。関係国が時空を超えて率直に語り合う。その教訓を友好の礎にすべきだ。世界遺産の登録と保全の精神は、国境を超えて進むトキ保護と同じものでなかろうか。

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