生身の人間が魚雷の目となるべく乗り込み、敵艦に体当たりする。旧日本軍が太平洋戦争に投入した特攻兵器「回天」は戦争の狂気を象徴する存在だった。命を散らせた搭乗員は106人。この中には、4人の本県出身者もいた

▼「回天に脱出装置はない」。上官が告げ、搭乗員らは声を失う-。横山秀夫さんの小説「出口のない海」は、この兵器に乗り込むことになった青年の悲劇を描く。青年はいずれ出撃する海を眺め、美しさに見とれる。〈だがそれは、二度と陸地を踏むことを許さない、出口のない海でもあった〉

▼出口のありかが分かっていれば、人は真っ暗な闇にも踏み込んでいける。出口がないとしたら絶望の淵に落ちるだろう。では、どこに出口があるのか分からない、そんな状況はどうか。やはり不安に押しつぶされそうになるはずだ

▼ロシアがウクライナに侵攻して、きょう24日で半年。戦争は泥沼化し、誰もが出口を見つけられないでいる。くしくも24日は旧ソ連から独立を果たしたウクライナの記念日だ。これに合わせロシアが攻勢を強めるという情報もあり、現状では停戦の糸口すらつかめない

▼こうしている間にも犠牲者は増える。平穏な暮らしは当面取り戻せそうにない。欧州最大の原発周辺では砲撃が相次ぎ、重大事故の懸念が膨らむ。世界の食料やエネルギーの供給も大きく揺さぶられている

▼出口は見えない。だが、どこかにあるはずと信じるしかない。か細くてもいい。暗闇に差す光を見つけなくては。

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