土ぼこりを上げて海岸に上陸したホーバークラフトを、住民は見守ることしかできなかった。昨年11月、東京電力柏崎刈羽原発の重大事故を想定した訓練での一コマだ。住民を海上ルートで避難させる想定だったが、沖合の波が高いとして乗船は見送られた
▼重大事故の際にちゃんと避難できるのか。再稼働の賛否にかかわらず、多くの人が不安に思っているはずだ。緊急時に整然と行動できるのか。地震で道路が寸断されたら。大雪に見舞われたら。不安の種は尽きない
▼昨年3月には茨城県の日本原子力発電東海第2原発を巡り、水戸地裁が避難計画や防災体制の不備を理由に運転を認めない判決を出した。重大事故の際の避難は、周辺住民を守る最後のとりでとなる。判決は、そんな命綱が不十分だと指摘した
▼こうした難題に本気で向き合うつもりはあるのか。岸田文雄首相は来年夏以降に柏崎刈羽や東海第2を含む、新規制基準の審査に合格した7基の再稼働を目指す方針を表明した
▼首相は「再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応を取る」と見えを切ったものの現時点では説得力に乏しい。国はこれまで避難計画の策定や対策の整備などを自治体に丸投げしてきた感が強い
▼「可能な限り原発依存度を低減する」としてきた政府方針を、燃料価格の高騰に乗じて転換させたといえる。ならば避難の実効性確保をはじめとした課題に答えを示さねばならない。答えを出さないままの掛け声なら地元に募るのは不信だけである。