この夏も水の事故が後を絶たない。水難の背景として、よく挙げられるのが離岸流だ。海岸に打ち寄せる波が、沖に戻る際にできる流れである。この中に入ると、気がつくと足の立たない沖まで流されることがある
▼波の高さなど、条件によっては流れが秒速2メートルに達することがある。五輪競泳の自由形金メダリストでも、まともに逆らっては泳げないレベルだという。ひとたび流されると、あらがえない恐ろしさがある
▼気がつくと、後戻りできない状況になっていた-。先の大戦を語るとき、多くの先人がこんなことを口にした。ひとたび大きな流れに乗せられてしまうと、立ち止まって考えるのは難しくなる。私たちは、国を滅ぼした戦争の記憶から学んだはずだった
▼しかし、今の世相と戦前の空気に類似点を見つける人が少なからずいる。「多数派だけが正しいわけではない。少数派も価値は同じなのに、今は追い込まれている」。南魚沼市出身で愛媛大法文学部教授の井口秀作さんの言葉が、先日の紙面に載っていた
▼特定秘密を指定し、漏えいに罰則を科す特定秘密保護法の制定をはじめ、近年は異論を抑え込む法整備が進んだ。治安維持法が言論弾圧と戦争遂行を後押しした戦前の世相が重なって見える
▼離岸流から逃れるには流れと直角の方向、すなわち岸と平行に泳ぐことが有効だという。流されそうになったら、奔流から少し離れて、現状を冷静に見つめたい。戦後77年というが、今が戦前でないとは誰も言い切れない。