2024年のNHK大河ドラマは、世界最古の女性文学といわれる「源氏物語」の作者、紫式部が主人公だ。読書の秋である。角川文庫の全10巻に挑もうか。大長編だけに覚悟も必要だ
▼日本文学研究者のドナルド・キーンさんは大学生だった1940年、米ニューヨークの書店で源氏物語の英訳本を購入した。お買い得と思ったからだが、読み出したら止まらなくなった
▼この年はキーンさんにとって「生涯で最も陰鬱(いんうつ)な年」だった。ナチス・ドイツが欧州各国に侵攻、フランスの領土の半分以上を占領して英国への空襲を始めた。ドイツに関するニュースが怖く、ほとんど新聞を読めなくなった
▼源氏物語には「夢のように魅惑的で、どこか遠くの美しい世界」が描かれていた。光源氏は敵をなぎ倒す戦士ではなく、深い悲しみを知る男性だった
▼英訳本を日本語に翻訳した「ウェイリー版源氏物語」が平凡社から出版されている。例えば、帚木(ははきぎ)の巻の冒頭「光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれ給ふとが多かなるに(後略)」はこう訳されている。「光源氏…こんな名前をもった者は、じろじろ見つめられたり、嫉妬ぶかく非難されたりすることを逃れられない」。これなら厚めの新書サイズで全4巻。読める…かもしれない
▼八十余年前と同じく、新聞には欧州での悲惨な戦争の様子が連日載るようになった。紙面から目をそらすわけにはいかない。けれども、たまには戦車もミサイルも出てこない平安絵巻に浸ってみたくなる。