人は誰しも、大なり小なり何かを演じて生きている。その時々に合わせて親であったり子であったり、上司であったり部下であったり。善人を装うこともあれば、悪人ぶることもあるかもしれない

▼「人間は、演じる存在」「人生は演劇そのものだ」。演出家の鴻上尚史さんは著書にこう記す。人生を演じるのが人間だが、中でもとびきりの大役を約70年にわたり演じ続けた人がいる。96歳で世を去った英国のエリザベス女王だ

▼「私の人生が長くても短くても、皆さんや王室への奉仕にささげることを誓う」。21歳の誕生日にスピーチで述べたこの言葉を実践してきた。25歳で王位に就いた際の首相はあのチャーチル。現在まで15人の首相と国を支えた。その歩みは第2次大戦後の英国の歴史そのものだ

▼ダイアナ元皇太子妃の離婚や事故死の際には王室廃止論すら浮上した。それでも伝統を守りながら「開かれた王室」づくりを先導し、信頼を回復した。時代に合わせ愛される女王像を模索し、役割を体現した

▼ユーモア好きが多い国民から喝采を浴びることもあった。2012年のロンドン五輪開会式では人気スパイ映画「007」の俳優と動画で共演。ことし6月にも、在位70年の記念行事で披露された動画で人気キャラクター「くまのパディントン」とコミカルな掛け合いを見せた

▼大役に幕を下ろした日、バッキンガム宮殿の上空に虹が架かった。もちろん偶然だろうが、死してなお国民を見守ろうとする意志を見たように感じた。

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