宇宙から到来した「ひる」が、周囲のありとあらゆるものを吸収して巨大化していく-。米国のSF作家ロバート・シェクリイの短編「ひる」には、こんな不思議な生き物が登場する

▼「ひる」がどんどん大きくなる様子は空恐ろしい。人間は未知の生物に右往左往させられ、その姿がシニカルに描かれる。物語や伝説の世界では、何かを取り込んで巨大化する怪異が登場することがある。人間は本質的に、そうした存在に恐れを抱いているのだろうか

▼「最強クラス」と形容された台風14号は、防災関係者が一様に驚くほど急激に発達した。自らの内に取り込んだのは海面水温が高い南の海で生じた大量の水蒸気である。これをエネルギー源として巨大な台風へと変貌を遂げた

▼九州などは猛烈な風雨に見舞われ、死者も出た。住宅や収穫前の田んぼが水に漬かり、8月初旬に県北地域を襲った大雨による被害を思い起こした。被災した人の心情を思うと胸が痛くなる

▼きのうの明け方、風の音で目が覚めた。本県を直撃するコースに身構えたが、夜のうちに少し勢力を弱めたのだろう。幸いなことに、この原稿を書いている時点では、県内で人や建物に大きな被害は確認されなかった

▼今回の台風は消え去ったが、今後も同等の、あるいは今回以上の力を持った暴君が到来する可能性は十分にある。地球温暖化で、日本の近海はエネルギー源となる水蒸気が発生しやすくなっている。台風の巨大化は珍しい現象ではなくなるのかもしれない。

朗読日報抄とは?