美と正義の世界が存在するなら、童話の世界でなくてはならない。こう指摘したのは上越市出身の児童文学作家、小川未明だ。一面の真理をついている。虚構ならば正邪を描きやすい。裏返せば現実はそうはいかぬということか
▼人の数だけ、国の数だけ正義がある。何ともやっかいで難しい。人によってはマスクをしない人をとがめるのは正しい行いであり、国によっては戦を仕掛けることも悪とはみなされない
▼ウクライナ侵攻を続けるロシアも声高に正当性を叫ぶ。プーチン大統領は、5月の対独戦勝記念日の演説で「正義の戦い」と言った。ロシア支持の国もある。国際社会の正義もまた、一つではない
▼欧州では「和平派」と、ロシアが白旗を掲げるまで戦うべきだとする「正義派」に分かれているという。正義派とされるポーランドは、旧ソ連に侵攻された苦い過去を持つ。かの国にとっては徹底抗戦こそが正義なのか
▼「正義は武器に似たもの」と書いたのは芥川龍之介だった。武器は金を出しさえすれば、敵も味方も買うことができる。正義も理屈をつけさえすれば同じようなものだ、と。日本を代表する作家の言葉は示唆に富む
▼歴史を振り返ってみれば、正義の戦いで多くの血が流れた。悪の打倒を掲げた「正義の味方」が残酷な振る舞いをしたこともあった。ロシアも自己に都合のいい理屈をひねり出し、正義を振りかざす。テロへの反撃と称して民間施設にミサイルを撃ち込んだ。その正義の形は醜く、ゆがんでいる。