〈木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり〉。木々の間から漏れてくる月明かりを見ていると、物思いの限りを尽くす秋の訪れに気づく-。今の季節のこんな心情が浮かぶ。古今和歌集に収められたこの歌は詠み人知らずと伝わる
▼名歌とされる作品でも作者が不明とされるものは多い。実際に作者不詳のケースのほか、詠み人が朝敵となるなど記載がはばかられる場合があるという。いずれにせよ、作者の名前に頼らなくても後世に残る優れた作品ばかりである
▼創作活動のゴールを「詠み人知らずの歌になること」と公言する。シンガー・ソングライターの松任谷由実さんだ。自分が世を去っても、名前が忘れられたとしても、作った歌は人々に知られているという状態が理想なのだという
▼音楽情報会社オリコンが先日発表した週間アルバムランキングでデビュー50周年を記念したベスト盤が1位になった。1970年代から連続して、10年ごとの六つの年代で1位を獲得した。このランキングでは初の快挙だ
▼その曲は年齢を重ねた人から若い世代まで幅広い層の心に染みわたる。熱心なファンでなくても、歌詞の一節やメロディーラインを口ずさむことができる人は多いはずだ
▼まさか、その名前が忘れ去られることはないだろうが、詠み人知らずの理想に向けて着実に歩んでいる。この国に暮らす人々の心を歌に投影してきた。「日本の恋と、ユーミンと。」。2012年発売のアルバムはこんなタイトルだった。