「戸別訪問3万軒、つじ説法5万回、これをやりなさい」。選挙に出ようとする者の心構えとして、田中角栄元首相が語ったとされるこの言葉は有名だ。その要諦は、有権者らと顔の見える関係をつくることにあったのだろう
▼政治家には、ほかの職業人に増して人の名前を覚える能力が求められる。田中元首相は同僚議員や官僚はもとより、選挙区の人々に至るまで、ものすごい数の顔と名前を記憶していたという
▼そうしたエピソードに触れるにつけ、政治家の資質の一つは人の名前を覚える記憶力だと思っていた。ところが、この人にとってはさほど重要ではないらしい。経済再生担当相の職を辞した山際大志郎氏である
▼旧統一教会との接点について「記憶にない」「資料がない」と繰り返した。報道機関から指摘を受けて初めて認める「後出し」の説明も連発した。国会で「これから新しい事実が出てくる可能性がある」と開き直りのような答弁をしたことさえあった
▼教団トップと一緒の写真に収まったことも、当初は「覚えておらず事務所に資料がない」と話していた。撮影を認めても、面会の記憶は「ちょっとおぼつかない」と述べたのには、あぜんとさせられた
▼説明責任を果たしたとは到底言えず、首相による事実上の更迭は遅きに失した。政治家が説明責任を果たすのは当然のことだが、ほかの閣僚らはどうだろう。都合が悪くなると「記憶にない」と弁明するなら、政治家の資質としていかがなものかと言いたくなる。