落ち葉舞う境内や空き地に声が響く。「だるまさんが転んだ!」。仲間を背に、壁や木に向かって鬼が叫ぶ。その間に、仲間は競うように鬼に忍び足で近づく

▼この10文字を言うと、鬼は突然振り向き、仲間を見渡す。その間は動けない。ピクリッ。「動いた!」。身体が揺れたら、その子はとらわれの身だ。鬼は緩急をつけて叫び、いつ振り向くか、動くところを見られるか分からない。その瞬間がドキドキだった。鬼ごっこの一種で、ルールはさまざまだろう

▼懐かしい「だるまさん…」の緊張感に似てはいないか。このところ、まったくの別世界の外国為替市場を見ていて思ってしまった。歴史的な円安の中で政府の為替介入がいつあるのか、市場は固唾(かたず)をのむ

▼輸入品が高騰し、物価高が進む。政府は急な円安を止めようと躍起だ。先月には、24年ぶりに円買いドル売りの為替介入に踏み切った。「市場の動向を、高い緊張感を持って注視する」。鈴木俊一財務相は巨利を狙う投機筋の動きをけん制する

▼日本の財務省は、さしずめ市場をにらむ鬼といえようか。投機筋や企業、機関投資家など多彩な参加者が、その姿に目を凝らす。介入は、鬼が突然振り向くことだ。投機筋などは巨額損失を恐れて、簡単には動けなくなる

▼ただ、為替は自由な市場の動向で決まるのが本来の姿だ。円安の背景には、上がらない賃金など日本経済の地盤沈下がある。抜本的な対策を取らずに鬼の役を続けるだけなら、国際社会で相手にされなくなる。

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