ウイルス禍で、住み込みのパート勤務をしていた居酒屋を解雇された。別れた夫が残した借金を背負い、疎遠だった実家には帰れない。誰にも頼れずホームレスになるしかなかった

▼映画「夜明けまでバス停で」が描く主人公の境遇はあまりに切ない。実際にあった事件がモチーフだ。2年前の11月、東京・渋谷のバス停で夜を明かしていた路上生活者の女性が殴り殺された

▼女性は行政や他人の助けを借りず独りで踏ん張った結果、住まいも仕事も失った。事件後、ネット上で「彼女は私だ」という声が相次いだ。映画は「自助」を過度に求める社会と、脱落者を生む「公助」の在り方に疑問を呈する

▼災禍は非正規雇用の女性ら立場の弱い人に、より深刻な影響をもたらす。東京大などの試算では新型ウイルスの影響で自殺者が8千人増え、20代女性が最多だった。「新潟いのちの電話」でも、失業して経済的に追い詰められた人や、周囲との接触がなくなり孤独感を深めた人からの相談が増えたそうだ

▼いのちの電話は自殺や孤立を防ごうと、ボランティアが24時間態勢で受話器に耳を傾ける。村山美和事務局長は「『いつも、そこにあるもの』として続けたい」と話す。公助の隙間を手弁当の市民が懸命に埋めている

▼冒頭で紹介した映画には「あした目覚めませんように」と毎晩祈って眠りにつくホームレスも登場する。主人公は最終便が出たバス停の硬い1人掛けベンチしか居場所がなかった。そんな冷たい社会でいいはずがない。

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