今季のプロ野球で56本塁打を放ち三冠王を獲得した村上宗隆選手は、その活躍が神がかり的だとして「村神様」の別名がついた。剣道界にも、この尊称が贈られてもいいような選手がいる
▼先日の全日本選手権で初優勝を飾った村上哲彦選手(愛媛県警)だ。左手首の骨が壊死(えし)する病気になり、竹刀を握れない時期が1年以上あった。手術で握力は5キロ以下に落ちた。それでも不屈の闘志を燃やし続け「けがをして良かったと思えるくらいにやっていこうと決めた」と稽古を積んだ
▼決勝では、相手の動きを読んで見事なメンを2本決めた。「この優勝を忘れて、自分の剣道をもっと見詰めていきたい」。おごらない、精悍(せいかん)な表情がひときわ輝いていた
▼同じ剣道界で起きたこととは信じがたい。福岡の高校で2年前、剣道部の顧問による暴行や暴言を苦にした女子生徒が自ら命を絶った。竹刀でたたかれ、何度も倒され「やる気あるんか」と部員全員の前で罵倒された
▼生徒は亡くなる直前、ツイッターに「部活が死にたい原因」と書き込んでいた。学校側は先ごろ「勝つことに重きを置き、強くなることが指導者としての名誉だと固執していた」と謝罪し、再発防止を約束した
▼武道には勝敗より相手を重んじる精神こそ欠かせない。遺族側弁護士によれば不適切指導やいじめによる自殺を巡り、学校が事実を全て認め、賠償金支払いなどで遺族と合意するのは珍しい。弁護士は「大きな一歩」と評したが、あまりにも悲しく、やるせない。