長岡市越路地域出身の歌手、三波春夫さんは公演の幕が開く直前、しゃっくりが止まらなくなったことがある。開幕のベルが鳴り響き、音楽が始まる。ままよ、と舞台に足を踏み入れた

▼客席からは歓声と拍手の波。マイクの前に立つと、うそのようにしゃっくりは消えた。「私は、この時、お客様によって癒やされ、そして、お客様の力によって舞台の上に生かされたのです」と著書で振り返っている

▼聴衆は舞台に立つ己に力を与える神のような存在であり、いい加減な芸を披露することなど許されない-。名せりふ「お客様は神様です」の背景には、こんな真摯(しんし)な思いがあったという。客にこびるのではなく、舞台に上がる心構えをこの言葉に込めたようだ

▼ところが、あまりにも有名になったがゆえに、客の言うことは何でも聞かねばならぬという意味と誤解されることもある。誤解に基づきクレーマーと化す人も多いらしい

▼顧客が理不尽な要求をしたり、暴言や侮辱の言葉を吐いたりする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」は企業や自営業者らにとって悩みの種だ。そんな中でゲームメーカーの任天堂は先ごろ、カスハラがあった際は修理サービスをしないと規定に明記した。交流サイト(SNS)上では、従業員を守る取り組みだとして歓迎の声が上がったそうだ

▼顧客が要望を伝えたり疑問点を指摘したりすること自体に問題はない。ただ自分が従業員だったら、その言葉や態度は受け入れられるか。わが身に問いたい。

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