この種のニュースに触れるたび、胸が苦しくなる。高齢ドライバーが加害者となる事故である。何の落ち度もない被害者が気の毒なことはもちろん、事故を起こしてしまった高齢者もどれほどの苦しみの中にいるのだろうと思う

▼先日は福島市で軽乗用車が歩道を数十メートルにわたって走行し、はねられた女性が死亡した。自動車運転処罰法違反(過失致死)の疑いで逮捕された容疑者は97歳。軽乗用車は街路樹2本をなぎ倒し、信号待ちの車にも衝突して、けが人が出た

▼現場にブレーキ痕はなかったという。近所の住民らによると、容疑者は駐車に苦戦することが多く、数カ月前に買い替えたとみられる車は傷やへこみが増え続けていた。容疑者自身も、運転の能力の衰えを自覚していたかもしれない。しかし、ハンドルを握り続けていた

▼小川糸さんが本紙に連載している小説「椿(つばき)ノ恋文」が今、このテーマを取り上げている。代書屋を営む主人公に舞い込んだのは、84歳になる父親に運転をやめるよう説得する手紙を書いてほしいという依頼だった

▼依頼主は、現在は高齢者施設に入居している母親の言うことなら聞くかもと、離婚と引き換えに免許返納を迫る手紙を書いてほしいと頼む。主人公は、母親が「私を選ぶのか、それとも車を選ぶのか」と問う手紙を代筆し…という展開だ

▼読み進めながら、自分もいずれ周囲がこんな心配をするようになるのかと思った。人生百年時代の、めでたいだけではない側面に向き合わねばなるまい。

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