自然保護を生涯訴え続けた作家の松下竜一さんに「絵本」という作品がある。ある冬の日、小包が「私」に届く。中身は「ももたろう」の絵本だった。最初「私」は、なんと平凡な絵本かと、ふそんな思いを抱く

▼しかし、同封されていた手紙の差出人が12年前に肺病で亡くなった親友と分かり、驚く。手紙にはこんなふうに書かれていた。自分はもう長くないが、いずれ生まれるだろう君の子に絵本を贈ろうと思い立った。その子が3歳になった頃に、絵本が届くように手配した-

▼親友の母が懸命に選んだのが「ももたろう」だった。絵本は12年の時を超えて届いた。そこに込められた親友の思いに「私」は胸を締めつけられる

▼「桃太郎」の昔話は室町時代にはあったとされ、話のパターンは多い。鬼を退治し、金銀財宝を持ち帰る。勧善懲悪の展開が大半だ。明治以降、幾度も国定教科書に載ったこの話は、征伐の理由があいまいで、宝物の分配もしない例が少なくない

▼富国強兵、海外進出の国策も背景にあろう。芥川龍之介は1924年、野良仕事が嫌いな桃太郎が平和な鬼が島を襲い、財宝を奪う風刺作品を書いた。30日は「絵本の日」。戦後、児童文学に影響を与えた瀬田貞二の「絵本論」が発行された日だ

▼正義の味方が活躍する絵語りは幼児を引きつけ、勇気をくれる。でも、身勝手な大義を振りかざして隣国や海洋に踏み込めば、その裏でどれだけ多くの涙が流れることになるか。大人ならではの絵本の読み方も大切だ。

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