洪水時に川の水があふれることを前提とした堤防がある。水の圧力に耐えられずに堤防が壊れると、濁流が一気に流れ出して大きな被害が出る。これを防ぐため、堤防の一部を低くし、人家の少ない場所などにあえて少しずつ水が流れるようにする
▼「野越し」と呼ばれる伝統的な治水技術だ。江戸時代初期の武将で「治水の神様」と呼ばれた成富兵庫茂安が、現在の佐賀県を流れる城原川などに築いたことで知られる
▼近代以降、洪水は堤防内に封じ込めるのが治水の基本とされる。野越しは、一定の洪水を受け入れることで破滅的な被害を逃れる、逆転の発想ともいえる
▼河川工学が専門の大熊孝新潟大名誉教授によると、長岡市などを流れる渋海川にもよく似た構造の地点がある。成富兵庫のようなリーダーがいたわけではなく、地域住民が自ら堤防を低くする場所や氾濫区域を決めたらしいというから驚く
▼8月の豪雨で浸水した村上市荒川地区で県は、堤防を越えた水を集落の手前で受け止める「二線(にせん)堤」と特定地域を囲む「輪中(わじゅう)堤」を整備する方針だ。農地などが水に漬かるのを受容する新手法といえる。想定外の豪雨が増えており行政の財政状況が厳しいことも加わって、従来型の河川整備で対応するのは難しいという背景がある
▼浸水区域の農業被害にどう対応するかなど、実現に向けては課題も残る。ただ、従来の手法では大災害を防ぎきれないとなれば発想の転換も求められるだろう。他人任せ、行政任せではいられない。