冬の戦場でウクライナの兵士は何を頼りに、いてつく長い夜を過ごしているのだろう。突然、前線に送られたロシアの若者も、塹壕(ざんごう)で震えながら寒さに耐えていよう。故郷のわが家、湯気の立つスープがどんなに恋しいことか

▼西洋赤カブとも言われるビーツの赤い汁で有名な野菜の煮込みスープを巡って、両国は本家争いでも火花を散らす。ウクライナの政府高官は「ボルシチ戦争」と呼んだ。同国は国連教育科学文化機関(ユネスコ)に、文化遺産に加えるよう申請し「緊急保護が必要な無形文化遺産」として登録が決まった

▼ウクライナ発祥というボルシチは「おばあちゃんの数だけ種類がある」と言われる。ビーツに加え、キャベツ、タマネギ、ジャガイモ、ニンニク…野菜も肉も多彩。大地の恵みすべてを煮詰めたような郷土料理で、家庭ごとに自慢の味がある

▼侵攻が続けば膨大な人が避難を強いられ、農産物も育てられなくなる。ユネスコが「緊急保護が必要」としたのは、武力紛争がこの料理文化に与える影響を心配しているのだ

▼豊穣(ほうじょう)の平原は戦車で踏み荒らされ、ロシア軍が撤退しても残酷な地雷原になっているかもしれない。万が一、核兵器が使われれば放射能が農業国に与える打撃は計り知れない

▼ウクライナ側はユネスコの決定を受け「勝利宣言」をしたが、ボルシチはもはやロシアを含む東欧に深く根付いた共有の文化である。かの地の人々が武器を置き、熱々のボルシチを味わえる日が早く訪れるよう祈りたい。

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