この暮れは「第九」を生で聞くことができた。新潟市民芸術文化会館で開かれた「新潟第九コンサート」に足を運んだ。ベートーベンの交響曲第9番はこの国では師走の風物詩として定着しているが、くだんのコンサートは新型ウイルスの感染拡大で中止が続き、ことしは3年ぶりに開催にこぎ着けた

▼市民合唱団からは久しぶりに歌える喜びが伝わってきた。ただ、全員がマスク姿を余儀なくされた。やりにくさはあっただろう。普段の暮らし同様に、かつての日常を完全に取り戻したとは言いがたかった

▼第九は「歓喜」を歌い上げる。しかし目を世界に転じれば、喜びとは正反対の戦争が影を落とした1年だった。ロシアのウクライナ侵攻による戦火はやむ気配がない。この戦争に端を発した各種の値上がりは、世界各地の人々を直撃した

▼「抱き合えもろびとよ! この口づけを全世界に!」。第九のこの歌詞が掛け値なしに輝いた瞬間があったことを思い出す。東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した、1989年の暮れのことだ

▼ベルリンで開かれた記念コンサートには、各国の演奏家が集まった。歌詞の「歓喜」を「自由」に置き換え、冷戦の終結と自由を手にした喜びが歌われた。新たな時代の幕開けを高らかに告げ、喜びの感情がほとばしった

▼ウクライナでの戦争が終わったら、今度は「歓喜」を「平和」に換えて歌うことはできないか。残念ながらことしはその機会が訪れることはなかった。願わくば、来年こそ。

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