ずっと昔、雪には色がありませんでした。こんな語りで始まる昔話が、ドイツの北方にあるという。どうしても色が欲しい雪は、お墓にその黒色をくれないかと言って追い払われる

▼今度はスミレ、バラと鮮やかな色の花に頼むが、笑われて相手にされない。全ての花に断られた揚げ句、白い花をつけるマツユキソウにすがりつく。自分は色を持たない風のようなものだと嘆いた

▼かわいそうに思ったマツユキソウは自分の色をやり、雪はやっと白くなる。雪はそれ以降、冬に花々を凍死させる。でもマツユキソウだけは、かれんな小花が咲くように助けてあげるという(大古幸子訳「雪の色が白いのは」)

▼無色の哀れに触れて、夢想する。ウイルスの色は実際には判然としないが、もしもはっきり見えるとしたら。新型ウイルスなら、名前の由来になったコロナ(王冠)のごとく黄金色で、感染したら喉のあたりが金色に輝くとする。流行期入りの季節性インフルエンザは別の色だと判別しやすい

▼ウイルスや感染状況を簡単に見分けられたら、衛生環境は劇的に向上するだろう。入国時の陰性証明や面倒な検査も必要なくなる。感染が急拡大する中国との人的交流を巡るいざこざも収まるのではないか

▼だが待てよ。そんな安易な色分けを万人が始めたら、差別や偏見を助長しかねない。中国については、まずは当局が感染実態の透明性を高め、灰色の過少報告を改めるのが筋だろう。さもないと、世界中がこの大国を色眼鏡で見続ける。

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