「寒さ」という言葉は温度が低いことを指す。空気や水の温度だけでなく、人の心や何かの様子を言い表すこともある。「気持ちが冷え冷え」としたり「寒々とした風景」を目にしたりする
▼そんな心象を詠んだ俳句に出合った。〈水甕(みずがめ)の底に触れたる寒さかな〉。ウクライナ人女性のウラジスラバ・シモノバさんによる句だ。ロシアの軍事侵攻が続く中、ためておいた水が底を突いたことを知った瞬間の思いを詠んだ
▼外国語の俳句は季語や押韻は必須でなく、三行詩で表現する。元々ウラジスラバさんがロシア語で詠んだ作品は、日本語に直訳するとこんな内容だった。〈水をくむ 樽(たる)に手を伸ばし 底に触れる〉
▼「寒さ」という言葉は、日本の俳人が「五七五」の形式に置き直す際に使われた。ウクライナの人々が戦禍に巻き込まれて間もなく1年。見慣れた景色が色を失い、沈みがちになったであろう心情を適格に言い表した日本語ではないか
▼俳人の黛まどかさんはこの句に感銘を受け、メールで交流を始めた。ウラジスラバさんがこれまで書きためた約700作品のうち、黛さんらが70句ほどを選び、翻訳句集を出版する準備も進めている。今春の刊行を目指している。先日掲載された記事で知った
▼寒さや冷えは、時として人の命を奪う。心が凍り付けば動けなくなることもある。私たちが暮らす雪国では、寒さの厳しさが骨身にしみている人も多いだろう。戦火の下で、寒さとも闘うウクライナの人々に思いをはせてみたい。