これは「追いはぎ」だろう。「通行人をおどかし衣類や持ち物を奪うこと。それをする人」。手元の辞書にはこうある。時代劇に出てくるようなとっくに消えた盗賊と思っていた

▼ことしの元日から2晩、首都圏の公園で野宿した高齢の男性が衣類を奪われた。作家の雨宮処凛さんが本紙連載「『生きづらさ』を生きる」で書いていた。雨宮さんは年末年始、困窮者支援の現場で過ごした。そこで出会ったこの男性は寒空で野宿を続け、震えが止まらなかった

▼まずは泊まる場所をとネットカフェを手配したが、手違いで追い出されてしまった。再び野宿を強いられ衣類を奪われた。都会の公園に、現代の追いはぎがいた。雨宮さんはこう記す。「おそらく彼から衣類を奪ったのは同じ境遇の人だろう」

▼15年前の世界同時不況でホームレスが急増し「年越し派遣村」が注目された。今もなお、困窮した人々が生きるためにギリギリの攻防をひっそりと繰り広げている。お金どころか、凍死しまいと他人の衣類を脱がせて奪う。そんな追いはぎの正月を思えば、また切ない

▼物価高騰の中で春闘が始まった。労使トップは賃上げの必要性では一致する。でも、中小企業で働く人や非正規雇用者まで春のぬくもりは届くのか。ましてや現代の追いはぎを生むような、国の困窮者支援策は心もとない

▼1月も終盤に差し掛かり、寒さがたいそう身に染みる。先日は「10年に1度」級の寒波に見舞われた。公園に現れた追いはぎはどうしているだろう。

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