玄関に入ると時代劇に出てくるような籠や、年季の入った宿札が目に入る。宿札には、立ち寄った佐渡奉行らの名前が記されているそうだ。佐渡市真野新町の山本家は江戸時代、奉行が宿泊したり休憩したりする本陣を務めていた
▼家には島の歴史がぎっしり詰まったものが数多く伝わる。世界遺産登録を目指す「佐渡島(さど)の金山」の構成資産の一つである西三川砂金山で採れた砂金と絵図、尾崎紅葉や滝沢馬琴の書簡など枚挙にいとまがない。まるで博物館のようだ
▼佐渡の伝説の一つにムジナ(タヌキ)の話がある。山本家にも源助というムジナがすみ着いていた。酒造りもしていた同家の杜氏(とうじ)に取り付くが、主人にしかられ「末永くご当家を守るので許してください」と守り神になった。家に盗賊が入った際は人影を見せたりせき払いを聞かせたりしたので、盗賊は何も取れなかった
▼10年ほど前に山本家を訪れた際、この話を12代当主で郷土史家の修巳(よしみ)さんから聞いた。穏やかで静かな話しぶりから源助は実在し、家のどこかに隠れているような気がしたものだ
▼その修巳さんが84歳で亡くなった。父親から2代にわたり主宰した雑誌「佐渡郷土文化」の最終号を発刊したばかりだった。雑誌は1976年の創刊以来161号に及んだ。島の埋もれた歴史や消えゆく風習を活字に残した功績は計り知れない
▼山本家に残る文化財や資料とともに、島の文化を末永く後世に伝えていきたい。守り神の源助も、きっと力を貸してくれるだろう。