「機械にニンベン(人偏)をつけて、仕事するんだよ」。作家の小関智弘さんは高校卒業後、東京の下町で旋盤工になった。最初に掛けられた先輩の言葉が忘れられない
▼ニンベンとは人にしかできない工夫や心配りの意味か。そうやって機械を扱えという教えだろう。自身の経験を基に町工場の職人の心意気に迫るルポを書いてきた。著書「現場で生まれた100のことば」は巻頭に2人の言葉が並ぶ
▼「職人というのは、人の役に立つ仕事をする人間です。その人間の仕事が楽しくないはずがない」。三条市の刃物鍛冶の一言だ。もう一方は「仕事が楽しいなんて、きれいごとだ。真剣にやっていれば、仕事は苦しいものです」。東京の歯科技工士の弁だ
▼2人の言葉は表裏だが、どちらも共感を呼ぶ。こうした思いを張り合いや励みにして仕事に打ち込む誇りが伝わる。いま人工知能(AI)の開発が加速している。条件を指示すれば、画像や動画、小説まで作ってしまう「生成AI」も注目の的だ
▼10年から20年の間に、仕事の半分がロボットやAIに置き換わる-。日英の研究者が、こう推計したのは7年ほど前。それが現実になるような勢いだ。卒業シーズン、多くの若者が巣立つ。就活も始まった
▼小関さんはロボットは「動く」が、ニンベンをつけて「働く」のは人間と言う。AIやロボットが進歩しても、汗や涙を流し、楽しみ、苦しむ心は持てない。そう信じたい。若者たちには、太いニンベンの進路を踏み出してほしい。