文豪ビクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」にこんな場面がある。銀の食器を盗まれ、これからどうやって食事をするのかと嘆く家政婦に司教が尋ねる。「錫(すず)の食器はないのかね?」「錫には臭いがございます」

▼「それなら、鉄の食器だ」「鉄には妙な味がございます」。最後に司教は言う。「じゃあ、木の食器にしよう」。司教の広い心を表す場面だが、初めて読んだ際は食器の素材が食べ物の味わいを左右することを知り、妙に印象に残った

▼料理を口に運ぶスプーンやフォークは素材だけでなく、厚みや形状、表面の滑らかさなども味わいに影響するといわれる。食べ物にするりと入ったり、すっと刺せたりといった使い心地も大きな要素だろう。そうした感覚を脳波の解析で数値化することに成功したという

▼商品の使い心地などの感覚を数値化する研究で知られる長岡技術科学大の中川匡弘(まさひろ)教授と、燕市の洋食器メーカー山崎金属工業が連携した。多数の磨き工程を経た「高仕上げ品」と、一般的な品質のものを被験者に使ってもらい、脳波を比較した

▼その結果、高仕上げ品のスプーンは食べ物に差し込む際の「入れ心地」が3倍高く、金属臭は3・7倍少なかった。フォークの刺し心地の差は6倍にも及んだ。使い心地を引き出す品質が科学的に証明された形である

▼本県のものづくりの高い水準が改めて示された。データは市場にアピールする上で絶好の素材だろう。しっかり磨いて「ニイガタ産」の地位をさらに高めたい。

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