倒れた家屋に挟まれて生きながら火に包まれる人。焼けただれた皮膚をぶら下げ、がれきの中をさまよう人。漫画「はだしのゲン」には、息をのむ場面が多い
▼故中沢啓治さんが広島での被爆体験を基に描いた。凄惨(せいさん)な描写について、中沢さんは「実際はこんなもんじゃない。でも子どもが読まなかったら意味がない」と話していた。怖さを含め戦争や被爆の実態をどう伝えるか腐心し続けた
▼世界でも高く評価され、20以上の言語に訳された。その作品を広島市教育委員会が市立学校の教材から削除すると決めた。主人公ゲンが困窮する家族のために浪曲をうなって投げ銭を得る場面などを引用していたが「理解が難しい」「被爆の実相に迫りにくい」と指摘されたそうだ
▼改めて全巻を読み返し、市教委の説明に首をかしげた。戦争や平和を考えさせる場面は他にも多い。むしろ「ゲン」でなければ伝えられないものがあるはずだ。被爆者団体などが決定の撤回を求めている
▼過去にも松江市の学校が「過激な描写」を理由に閲覧を一時制限した。被爆2世で本県原爆被害者の会の西山謙介事務局長は「原爆や戦争に反対するメッセージを排除したい、忘れてほしいと考える権力者がいるのでは」といぶかる
▼作中でゲンの母は自由に本を読み、発言することの大切さを言い聞かせる。「もうあんな(言論の自由のない)おそろしい時代に日本を返してはいけんね」。今「ゲン」が直面する状況の解説も加えれば、格好の教材になるのだが。