19世紀の半ば、欧州でジャガイモの疫病が大流行した。とりわけ、多くの人がジャガイモを主食にしていたアイルランドは食料不足に陥り、100万人が命を落とす大惨事となった。世に言う「ジャガイモ飢饉」である

▼疫病が流行した背景には単一の系統だけを栽培していたことがあった。植物学者の稲垣栄洋(ひでひろ)さんが著書で指摘している。南米原産のジャガイモには多様な品種があったが、アイルランドでは収量の多い株を選抜して国中で栽培していた

▼しかし、この系統には重大な欠点があった。胴枯(どうがれ)病という疫病に弱かったのだ。このため胴枯病がひとたび発生すると、国中のジャガイモが感染してしまった。稲垣さんは著書に「どんなに優秀であっても、個性がない集団はもろい」と書いている

▼この逸話は、自然界や生態系で多様性がいかに重要であるかを物語る。人間社会も同様かもしれない。一つの価値観の下で、皆が一斉に同じ方向を見ている社会はいかにも危うい

▼多様な価値観をおおらかに受け入れる社会の方が住みやすいのではないか。新型ウイルス禍の到来で、そんなおおらかさが乏しくなったと指摘される。そろそろ心の柔軟性を取り戻したい

▼あすからは屋内外を問わず、マスク着用が個人の判断になる。着用が不可欠な場はあり、感染リスクの大きい人もいる。配慮が必要なのは今後も変わらない。ただ、そうでない状況では周囲の人の判断を尊重したい。おおらかでしなやかな社会は、きっと強いだろうから。

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