手のひらに墨などを塗って紙に押し写した「手形」は古来、証文として使われてきた。岩手県にはこんな民話が伝わる。悪さを繰り返していた鬼を、神様が石に閉じ込めようとした。鬼は許しを請い、この地から立ち去ると約束して石に手形を残していった

▼「岩手」の地名の由来は、火山である岩手山の溶岩流を意味する「岩出(いわいで)」が転じたという説がある。一方、鬼が閉じ込められそうになった石は岩手山の噴火で飛んできたと伝えられ「岩」と「手」が登場する点が興味深い

▼現在の手形は、有価証券として広く使われている。似たものとしては切手がある。この国では古くから、お金を払って得た権利を証明する紙片「切符手形」を略した「切手」という言葉が使われてきた。郵便料金支払いの証書にこの言葉を当てたのは、日本の郵便制度の父で上越市出身の前島密だったという

▼さて、さかんに手形を振り出しているように見えるのが岸田政権である。少子化対策に関して、育児休業給付や児童手当を拡充するなど支援の強化を打ち出し、パート従業員の「年収の壁」の解消に向けた対策も導入すると表明した

▼気になるのは、現時点では具体的な財源に言及していないことだ。何かを削ってひねり出すのか、借金をして将来にツケを回すのか。首相がかねて言及してきた「子ども予算倍増」についても、何をもって倍増とするかはよく分からない

▼政権が振り出す手形に裏付けはあるのか。口先だけなら、空手形と呼ばれてしまう。

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