初めての飲食店に入るのは、ちょっとした賭けだ。おいしい料理が出てくるだろうか。懐具合との兼ね合いは。店の雰囲気が和やかでありますように。期待と緊張が混じった思いで扉を開ける
▼知らない土地でなら敷居はさらに高い。昨年亡くなった南魚沼市出身のフリーライター遠藤哲夫さんも、上京したての頃はそうだったという。後に「大衆食堂の詩人」と呼ばれた人である
▼遠藤さんが都内の大学に進学したのは1962年。人口が1千万人を超えた大都市は「汚くて、やたら元気で、猥雑(わいざつ)で」。圧倒されながらも腹は減る。外から様子をうかがい、あるいは先輩に連れられ食堂ののれんをくぐった
▼店では、こわもての常連客にたばこをせがまれたり、逆におごられたり、故郷の味であるぜんまい煮物を見つけたり。食事を通じて人と触れることで、大人になり「東京で生きるすべを食堂で学んだ」と本紙の取材に答えている
▼高校や大学を卒業し、進学や就職のために本県を離れる人は多い。この春も全国各地へはばたき、新天地で生活を始めたことだろう。荷解きを終えて、本格的に町の探検を始めるという時期ではないか
▼飲食店のメニューも値上がりする今、食事は自炊派という人が増えているかもしれない。それでも新しい町で、一軒でも好みの店を見つけてほしい。落ち込んだときや頑張った自分にごほうびをあげたいときに足を向けたくなる-。そんな店の存在はきっと、大人へと成長する日々を励ましてくれるから。