何とも楽しい地図がある。ペリーが来航する前年の1852年に出版された「新訂坤輿(しんていこんよ)略全図」だ。坤輿は地球を意味し今の世界地図に当たる。ロンドン、パリといった大都市と並び、約120世帯の集落だった「シュク子(ね)ギ」の地名が見えるのが面白い。作者は地理学者、柴田収蔵。佐渡最南端の宿根木が故郷である

▼宿根木は回船業の基地として繁栄した。船が行き交えば情報も届く。佐渡の小木民俗博物館学芸員の高藤一郎平さんは「歌の通りに『行ってみたいな、よその国』と思いを募らせたのでは」と柴田の原点を推測する

▼佐渡奉行所付の絵図師親子に絵の才能を見いだされた。仕事を手伝うようになると国内外の情勢を記した書物や地図を借りては書き写した。その後江戸に上り、幕府天文方の一門で地理学を学ぶ。佐渡と江戸での研さんは「新訂-」に結実した

▼最新の知見を盛り込んだ地図は評判になる。田中圭一編注「柴田収蔵日記」によると、出版後に幕府の洋学研究機関「蕃書調所(ばんしょしらべしょ)」の役人に取り立てられた。地図の見事さも理由だろう

▼きょう19日は「地図の日」。伊能忠敬が日本地図の作成を目指し、1800年に江戸から蝦夷地へと向かった日にちなむ。20年近い測量の歩みはあまりに有名だ

▼同じ地理学者でも柴田の知名度は低い。しかし、鎖国の時代にまだ見ぬ国々を描いた先人を今も地元の人は敬う。そのしるしは宿根木近くに架かる長者ケ橋にも。海を望む橋のレリーフには柴田の地図が刻まれている。

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