気軽に持ち運べるサイズと、比較的安い価格。気軽に読書の楽しみを得られるのが文庫本だ。現在の形式の草分けになったのが、1927(昭和2)年創刊の岩波文庫だとされる

▼最初に発売されたのは夏目漱石の「こころ」など内外の名作だった。「物価の文化史事典」(展望社)によると、当初「こころ」の定価は40銭。計算の手法にもよるが、今の価値に換算すると250円~300円程度のようだ。大衆が手にしやすい値段である

▼戦争を挟み、50年の定価は90円。高度成長やオイルショックを経た75年には300円になった。その後消費税の導入を経て、現在は660円である。文学作品としての価値を思えば、さほど高価とは言えないのではないか

▼ただ、ここのところ本の値上げが加速している。新刊書籍の税抜き本体価格の平均は、昨年に前年比2・2%上昇して1268円となった。上昇は11年連続だ。この間の値上がり幅は159円というから、ため息が出る

▼最近は文庫本でも千円を超えるものが珍しくない。諸物価高騰の折である。「文庫本よ、お前もか」とぼやきたくなるが、資源やエネルギー価格の高騰の影響だというから、本ばかりが例外というわけにはいかないのだろう

▼活字離れで販売部数の落ち込みに歯止めがかからず、出版社が少ない部数でも利益を確保するために値上げを続けてきた面もあるという。本は読みたし、さりとて値上げが続けば財布がもたない。ジレンマを抱えながら、書店をうろつく。

朗読日報抄とは?