青々とした新緑の匂いを、風が運んできた。薫風という言葉を思い浮かべる。頰を優しくなでる風が心地よい。そんな季節に届いた訃報である。「ノッポさん」こと、俳優で作家の高見のっぽさんが昨年9月に世を去っていたという

▼NHKの教育番組「できるかな」で、達者な手さばきで工作を披露した。身の回りにある茶わんや洗濯ばさみ、お菓子のパッケージが、動物や自動車に変身した。人気キャラクター「ゴン太くん」と一緒に遊ぶ姿が忘れられない

▼軽やかな身のこなしでパントマイムを披露しながら、その間は一言もしゃべらず。その名の通り、手足がすらりと長く、どこか謎めいた姿に引きつけられた。それだけに番組の最終回で「あーあ、しゃべっちゃった」と言葉を発した際は、多くの子どもが驚いたという

▼素顔はおしゃべり好きで不器用だったらしい。番組で演じた「ノッポさん」の姿とは正反対のようだ。そのイメージを大切にするあまり、他の仕事に踏み出せなかった時期もあったという。実際には膨大な読書量に裏打ちされた教養人。人生の後半は、児童書の執筆や一人芝居など多彩な活動を続けた

▼晩年「僕は風のように逝くからさ」と周囲に話していたという。その言葉通りの旅立ちだった。死去したことは半年以上伏せてほしいとの希望もあった。公表された10日は自身の89歳の誕生日だった

▼多弁や冗舌ではなく、その姿勢が雄弁に物語る。風のような去り際だ。格好いいとは、こういう人をいうのか。

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