初めて単独で猟に出かけ、シカを見つけた。慌てて銃を構えるが、いろいろ考えているうちに撃てなかった。2度目の猟でも獲物を視界にとらえた。今度は撃たねばと引き金を絞った。しかし弾は外れ、シカは姿を消した。落ちた薬莢(やっきょう)を拾う手が震えていた

▼システムエンジニアを経て狩猟を始め、執筆活動も手がける武重謙さんは、初めて銃を獲物に向けた頃のことを著書「山のクジラを獲りたくて」で、こんなふうに書いている。猟で銃を扱う際の緊張感が伝わってくる

▼銃撃や刃傷に及ぶにあたり、躊躇(ちゅうちょ)することはなかったのか。長野県中野市で4人が殺害された事件で、容疑者は猟銃をパトカーの窓すれすれに近づけると、間髪入れず撃ち込んだという。その直前には、逃げる女性を追いかけ、捕まえてナイフを突き立てた

▼目撃者の証言をたどると、ためらうことなく殺害行為に手を染めているのが分かる。迷彩柄の上下に身を包み、女性を刺した容疑者は「殺したいから殺した」と言い放った。凄惨(せいさん)な行為を淡々と、確実にやってのける姿には寒気を覚える

▼亡くなった4人のうち、少なくとも警察官2人には個人的な恨みなどはなかったはずだ。しかし、こちらも迷う様子もなく発砲したらしい。冷徹に行動した様子が浮かび上がる

▼取り調べに供述を始めているようだが、これほどの行為は何が目的だったのだろう。一片の逡巡(しゅんじゅん)も感じさせないような行動は、どんな動機によって引き起こされたのか。詳細の解明が欠かせない。

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