日本語には、そのものずばりを表すのを避け、あえて遠回しに述べる表現がある。例えば「死」について「逝去」や「永眠」と言ったり「帰らぬ人となる」や「旅立つ」と述べたりする

▼「婉曲(えんきょく)表現」という技法だ。遠回しにするのは、そのまま口にするのがはばかられるものが多い。早稲田大の中村明名誉教授によれば、遠回しの表現にしたいと思うのは「それが素手でさわりたくない対象だから」。そのため好ましくない印象を和らげる工夫をするのだという(「文章上達事典」)

▼ハラスメント行為に「素手でさわりたくない」と考えたのか。企業が内定を出した学生に就職活動を終えるよう迫る「オワハラ」が巧妙化しているという。オワハラが問題視されたため、あからさまな強要を避けて遠回しに囲い込もうとする例が増えているらしい

▼研修や懇親会の名目で拘束し、就活の時間を実質的に奪う動きが目立つ。内閣府によると2022年度にオワハラを受けた学生の割合は10・9%。数年前より減ったが、下げ止まり傾向がうかがえる

▼22年度は露骨な嫌がらせが減った一方で「懇親会が頻繁に開かれ、必ず出席するよう求められた」「長時間の研修があり他社の選考を受けられなくなった」といった訴えが増えた

▼企業にすれば内定を出した学生の流出は避けたい。とはいえ、学生にとっては人生を左右しかねない節目である。よりよい就職先を望むのは人情というもの。婉曲表現であってもオワハラは受け入れがたいだろう。

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