「先送り」というと負のイメージを伴うが、生物が生き残るためには重要な手段であるらしい。例えば敵に襲われた際の「死んだふり」は、その時の対応をすぐには決めず、やりすごすことで生存につなげる戦略だそうだ
▼進化生物学者の宮竹貴久さんの著書「『先送り』は生物学的に正しい」に詳しい。宮竹さんは、先送りは思考停止ではなく「決めないという知恵」だと説明する。機が熟すまでは「先送りする」のが生物の基本なのだという
▼人間社会、とりわけ利害を調整する政治の世界でもたびたび起こる。しかし岸田文雄首相は、これを先送りではないと言う。「次元の異なる少子化対策」の裏付けとなる財源をどう確保するか、先日公表された素案では具体策が示されなかった
▼財源確保のために創設するのが「支援金制度」だ。支援金に充てる分を公的医療保険の保険料に上乗せして徴収するらしい。社会保障の歳出削減で保険料の伸びを抑え、支援金の上乗せ分と相殺するから実質的な追加負担は生じないとの理屈である
▼歳出削減の具体像は見えてこない。国民の痛みが伴えば激論が起こるだろう。算段のように都合よくいくのかどうか。見通しが狂えば負担増になりかねない。やはり面倒をいったん先送りした感がある
▼衆院解散・総選挙の可能性がくすぶる中、有権者に負担増を感じさせまいと躍起になる政権の姿が浮かぶ。先送りは生存戦略としては正しくても、有権者からすれば「問題隠し」「負担増隠し」と映る。